フィリピン留学 とっておき!情報発信ブログ

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こににちわ
約1ヶ月ぶりにPOWERに戻ってきたカレッサです

明日の5日(水)は代11代フィリピン大統領コラソン・アキノ氏が8月1日に
亡くなられた関係で学校がお休みになります。

はじめ私は、「アキノ氏」と聞いて空港の名前にもなっている大統領
ニノイ・アキノ氏と勘違いしてしまい・・・
お恥ずかしい限りです
彼女のことを調べてみて、とても勇敢な女性だと感銘を受けました

20歳でNYの大学を卒業した彼女は、22歳のベニグノ・アキノ・ジュニア氏と
結婚し、旦那さんは、州知事から上院議員となったが、マルコス大統領と対立し、
アメリカ・ニューヨークに亡命した。マルコス独裁打倒のため帰国したところ
マニラ国際空港で暗殺され
妻のコラソン・アキノが急速に反マルコス独裁の象徴となっていったそうです。

1986年2月に行われた繰上げ大統領選挙に出馬し、マルコスも
アキノも勝利宣言をする。この時、マルコス陣営の得票不正操作が判明し、
エンリレ国防相やラモス副参謀長ら国軍改革派が決起し、結果100万の市民が
これを支持して通りを埋め尽くしたため、マルコスは権力を失い、コラソン・アキノが
大統領就任を宣言、マルコス夫妻はハワイへの亡命に追い込まれた。これをエドゥサ革命、
またはピープル・パワー (people power) と呼ばれるそうです。

まるで去年の大河ドラマの篤姫みたいじゃないですか?

そして驚いたことに、退任後、1999年6月から日本の三洋電機の社外取締役を務め、
その後は最高顧問を務めたが同社の経営不振のあおりを受けて2007年3月末日で
辞任したそうです

2008年3月に結腸癌であることを公表し、闘病中だったが2009年8月1日に死去。

76歳だったそうです。

                                ウィキペディアより

コラソン・アキノ氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


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